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【コラム】「自然」を「資源」と呼んでから

デカルトの心身二元論、機械論的自然観あたりからでしょうか。本来は人間と同じ概念であったはずの自然を、「資源」と分離させたことで、科学技術は発展しました。そのおかげで、人類は多大なる恩恵を受けてきたように見えますが、行き過ぎたグローバル資本主義は暴走、迷走していきます。

 

そんな「資源」を4つのステージで考えてみてはどうでしょう。

 

一つ目は、文字通り、「資源」。地球上にある自然や生物、水、石油などの有限の天然資源です。これらは地球上にある公共物なので、人間だけのものではありません。

 

しかし、人間には、無限の独占欲、所有欲があり、私物化していきます。限度が過ぎれば、森林伐採や二酸化炭素の排出、地盤沈下などを引き起こしていきます。それが「私源」です。

 

さらに、人間の欲求が肥大化すれば、ごみが増えます。海洋プラスチックごみ、埋め立て地に収まらないごみ、原発事故で汚染された土。これらは自然に分解されずに負の遺産として、長期間地球を痛めます。生物を死に向かわせる「死源」です。「死源」をなくすのは簡単なことではありません。

 

 

ただ、人間には困難を乗り切る智慧や協力し合える心があります。それらをうまく使えれば「私源」や「死源」を減らし、「資源」を維持することも可能なはず。

 

矛盾と混沌に満ちた社会問題に対して、方法的に改善策を探していく──その思考の源である「思源」を増やすことが、大人子供限らず、誰にでも求められるものになるのではないでしょうか。

 

人間も「資源化」してきているようにも思いますが、「資源」という言葉が世の中からなくなる日は来るのでしょうか。

 

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